●牧師
の書斎より その23『母の祈りだけでなく』 |
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若かりし日,一人暮らしを始めた私に,母は度々こう聞いてきました。「ごはんはちゃん と食べているのかい」「お金はあるのかい」「病気になっていないかい」 今思うとそ れはわが子の暮らしを細やかに案じる母親らしいありがたい心遣いであったと思います。 私たちの教会にも,この母心に満ちたありがたい祈りがよくなされます。ある方にとっては 「大きなお世話」と感じるかもしれません。「プライバシーにお配慮して欲しい」と思う 方もおられるかもしれません。しかし,やはりこのような母的祈りは基本的にはありがた いことであると思います。 しかし,では教会の祈りはこのような祈りがなされるだけでいいのか,ということを聖書 に照らして考えてみますと・・,それは少々アンバランスであると言わざるをえません。 イエスさまが「こう祈りなさい」と語られた後に教えられた,主の祈りや詩篇の祈りを学 びますときに,そこにはほとんど母親的祈りが出てこないからです。そうです。私たちが いつも忘れてはならない,いつも祈らなければならない祈り,それは「御名があがめられ ますように」という祈りなのです。 では,御名があがめられますようにという祈りとは,具体的にはどのようなことを祈るこ となのでしょうか。この祈りの意味は非常に広い意味を持っていると思いますが,思いっ きりわかりやすく申しますと。御名があがめられますようにとは,先ず,「私たち一人一 人の生き様を通して神さまが褒められることを祈る」ということです。「私たちの心の中 の思い,私たちの口から出る言葉,私たちの日々の行動が,神さまの愛を現してゆくよう に己を変えてください。」という祈りです。 そして,大事なことは,「御名があがめられますように」と唱えることではありませんで, 具体的に祈ってゆくことです。たとえば→「神さま,私の口は一番大切にしなければなら ない家族にさえ怒鳴ってしまう愚かな口なのです。これでは神さまの御名を汚しているだ けです。どうか神さまこの愚かな者の心と口を新しくしてください。」「神さま,私の心 は不平不満でいつもいっぱいです。ですからこの口からは人の悪口がどんどん出てくるの です。また,小言を言っては家族を嫌な気持ちにさせているのです。どうか神さまこのよ うな私を哀れんでください。そして,少しづつでもいいですから,この汚れた心と口を聖 めてくださいますように,そのためにどうしたらよいか教えてください。」 また,御名があがめられるために,私たちの信仰が確かなものになるように,日々具体的 に祈ってゆくことは,更に大事なことです。具体的にはこのような祈りです。→「神さま。 私は自分が救われていることに確信がもてないのです。どうか神さま,この者が永遠のい のちを戴いていることを確信でき,そしてその信仰によって神さまの栄光を現す信仰者へ と導いてくださいますように・・」 私たちを通して神さまのすばらしさが現されるようにいつも祈っている教会, このよう な教会を目指してゆこうではありませんか。(マタイ6:9,Tコリント10:31・・・) | |
牧師:北澤正明 |